土曜日の昼下がり、窓からの日差しはポカポカと暖かく、歯科医院の待合室の患者さんたちも、少し、うとうとしてしまうような陽気です。雑誌に目を通す人、ぼんやりとテレビを見ている人、絵本を読む親子・・・。時々診療室から笑い声や、治療器具の音が響いてきます。2丁目石井歯科医院はいつものように、患者さんとスタッフの話し声や笑い声で満たされていました。
そこに、初めて2丁目石井歯科医院を受診する親子が入って来ました。お父さんとお母さんと3歳の女の子、ゆうちゃんです。
それまで、のどかな雰囲気さえ漂っていた待合室の様子が一変しました。ゆうちゃんが奇声を上げながら待合室を走り回り始めたのです。
お父さんとお母さんの顔が曇りました。
「やめなさい。」
お父さんが優しく言います。
「いやっ」
ゆうちゃんは、お父さんの言葉にそう答えました。そして、さらに大きな声で叫びながらぐるぐると走り回ります。
「座りなさい。」
お母さんもはらはらした様子で、ゆうちゃんを追いかけます。
でも、ゆうちゃんにはお父さんやお母さんの思いは、全く通じず、それどころか、わかっていても、それに従う様子は少しもありません。
待合室の患者さんたちも、驚いた様子で見つめています。
お父さんとお母さんがいくら注意しても、ゆうちゃんはますます走り回り、待合室は大騒ぎになってしまいました。
ご両親は問診表を書くこともままならない様子です。
騒ぎは診療室まで伝わり、このまま放っておくことはできない状況となりました。
とにかく、個室になっている予防室に入ってもらいます。
予防室にはおもちゃがたくさん置いてあります。ゆうちゃんは、まずおもちゃで遊び始めました。
「椅子にすわりなさい。」
とお母さん。
「いやーーーーーっ!!」
と、大声で叫ぶゆうちゃん。
またしても大騒ぎになった予防室では、衛生士さんが一生懸命に問診を取っています。
どうやら、ゆうちゃんには、虫歯がたくさんあるようです。
何件か歯医者さんを回りましたが、いつも今日と同じ調子ですので、治療どころか話もできないということです。
「ゆうちゃん、こんにちは。」
衛生士さんが話しかけます。
「いやっ!」
と、ゆうちゃん。
取り付く島もありません。
ちゃこ先生がお部屋に入ってきても、状況は少しも変わりません。
しまいには、お父さんとお母さんはゆうちゃんに頭を下げてお願いを始めました。
「ゆうちゃん、お願いだから、お椅子に座って!」
「いやーーーーーーっ!」
「ねえ、お願いよ。帰りにおもちゃ買ってあげるから。」
「いやーーーーーーーっ!!」
お父さんもお母さんも汗びっしょりです。
ちゃこ先生は一応、ゆうちゃんのお口の中を見ることにしました。
もちろん、泣き叫んで大暴れしていますが、歯の治療を希望して来院したのですから、お口のなかを把握しなければなりません。
危険がないように、お母さんに抱っこしてもらい、ゆうちゃんの頭をちゃこ先生の膝の上にあおむけにしました。
お母さんにゆうちゃんの手を持ってもらいます。
泣き叫んでいる間に、さっとお口の中を見て、ゆうちゃんを起こし、お母さんに抱っこしてもらいます。
大泣きのゆうちゃんは、暴れています。
「もう、終わったよ。遊んでいいよ。」
それを聞くとゆうちゃんは、椅子から降りて、診療室の中へと走り出しました。
お母さんが追いかけます。